Hack the Brain!

保坂 亮介

保坂 亮介

みなさんこんにちは. 池口研OBの保坂です. 私は,和光市の理化学研究所で脳の研究をしています. ちょっと前までは,脳の研究をしていますと (美容院などで) 話しても,人工知能ですか? のように言われて,ほとんどわかってもらえませんでした. 「脳を鍛える大人のDSトレーニング」が発売された頃から, ようやく世間にも脳研究が知られるようになりました. 今では脳科学という言葉は誰でも知っていますよね. でも,専門家はあまり「脳科学」とは言いません. 「神経科学」と言います. 研究対象が脳だけではなく,目や耳などの感覚器や,体中に広がる神経細胞にも及ぶからです. ですが,ここではあえて脳科学と呼ぶことにしましょう.

僕は研究をしてお給料をいただいています. いわば,プロの研究者です. 大学の先生になると,教育という仕事もありますが,僕は研究所に勤務していますので,仕事は研究だけです. 研究者のメインの職務は,論文の執筆です. 論文を書くということは,新しい発見をし,それを世界に発信するということを意味します. 年に一本の論文を書くのが普通のペースです. 簡単なように聞こえるかもしれませんが, 年にひとつずつ新発見をするということなので,結構大変です. 世界中から発表される論文を読み,同僚と議論し,データを解析して, モデルを構築し,学会で発表,論文を書くというような生活をしています. 飲み会も重要な活動です. 日頃のお礼をしたり,学会ではできないざっくばらんな話をできるのが飲み会の良さです.

僕は,1996年に情報システム工学科に入学しました. 研究室選びの時に(まさに今の皆さんですね), 脳研究の研究室に入ったことが今の仕事をすることになったきっかけです. 退官されてしまいましたが,吉澤修治教授の研究室でした. 研究室に所属するまで,大学院のことなんて全然知りませんでした. なので,ある会社から内定ももらっていましたし, 卒論を書いて,さくっと就職しました. ところが,就職後,研究したいという気持ちは日に日に強くなっていきました. まだ想像できないかもしれませんが,卒業研究がとても面白かったからです. そして迷った末,たった三ヶ月で会社を辞めてしまいました. 親は心配したと思いますが,不思議と許してくれました. そして,修士課程の試験を受け,2001年から池口研究室で大学院生活を開始しました. そこからの5年間はあっという間でした.大変でしたが, その分だけ成長を実感できた5年間でした. 博士課程修了後は,池口先生の御紹介で, 池口先生の恩師である合原一幸先生が主宰された科学技術振興機構の研究プロジェクトに, 研究員として就職し,東京大学生産技術研究所で研究しました. また,本物の脳にも触れるべく,東北大学医学部に赴き,サルを用いた実験にも参加しました. そして,2009年の4月に理化学研究所・脳科学総合研究センターに移って今に至ります.

さて,脳科学とはどんな学問でしょうか. 次の例がわかりやすいかもしれません. パソコンを目の前にした平賀源内を思い浮かべて下さい. 源内はからくり職人ですから,パソコンを理解したいと思ってます. しかし,源内は江戸時代の人ですから,パソコンの仕組みを知りません. さて,どうすればよいでしょうか?まずは分解してみるでしょう. 分解して,コンデンサや抵抗などの部品の存在を知るでしょう. それでパソコンがわかるでしょうか? きっとわかりませんね. ハードウェアがわかっても,たぶんOSのことやソフトウェアのことはわかりません. ソフトウェアを理解するには,パソコンを壊さずに, 例えば,WindowsとOfficeが動いている状態を観測する必要があります. また,筐体をあけて,電気の流れを電圧計で調べたりするのも効果的です. でも,それでもわからないかもしれません. パソコンの設計思想を理解しない限り,源内がパソコンを理解することは難しそうな気もします. なかなか道は長そうですね. この平賀源内と同じことを脳科学者はやっています. まず部品である細胞を調べ,配線を調べます. また,生きた細胞の活動を調べます. さらには,脳の計算原理はなんだろうと思いをめぐらします. 脳を生かしたまま,こういった観測をするということがとても難しいところです. 日々,世界中の科学者が,うまい観測方法を編み出して脳に挑んでいます. これらの,脳の内部を探る行為は,脳のハッキングと言えなくもありません. アメリカ国防省ペンタゴンの巨大コンピュータへのハッキングと似ているかもしれません. 脳研究が脳のハッキングだとすると,これまで数々の発見をしてきた大御所の教授たちは, 凄腕のハッカーということになります. 融通の効かなそうな教授達が実はハッカーだったと思うと,なんとなく親近感が湧いてきます. 脳科学はこの10年で目覚ましい発展を遂げました. 記憶の物理基板が解明され,アルツハイマー病や四肢麻痺の克服も視野に入ってきました. 今後20年で脳活動による義肢制御が実用化されるでしょうし, さらに半世紀後には,脳とインターネットが接続されるかもしれません. 社会に役立つこれらの成果は,脳をHackしたおかげと言えなくもありません. 合法なハッカー,面白そうでしょう? 池口ハッカー養成所で,皆さんをお待ちしています.

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